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2025/7/30

相続放棄について

孤独死と多額の借金、ゴミ屋敷に直面した際の相続放棄に関する手続きについて

 

先日、ご相談のお電話を受けました。

10年近く疎遠になっていた兄がおりましたが、先日、その兄がアパートで孤独死していたとの連絡を受けました。亡くなった場所は、母名義で借りていたアパート(以下、「アパートA」)で、兄はその部屋で一人暮らしをしておりました。

母は既に10年以上前から老人ホームに入所しており、実質的には兄が単独でそのアパートAの部屋を勝手に使用していた状況です。

兄には、本人名義で借りていた別のアパート(以下、「アパートB」)もありましたが、そこは生活の場ではなく、趣味で集めていた雑誌や新聞などが山積みになっており、ほぼ倉庫のように使われていたようです。

今年の3月以降、アパートBの家賃(月3万円)も滞納していたことが分かりました。

現在、アパートA・Bの両方がいわゆる「ゴミ屋敷」となっており、兄が亡くなった後の後始末として、原状回復や家財の処分などが求められる状況にあります。

また、兄には多額の借金があったことが警察署から遺品として渡された兄名義の請求書や預金通帳の支払い記録からわかりました。

しかし、正確な負債金額や債権者が誰なかなどの情報は全くわかりません。

私と兄は長い間、交流がなく、私自身も家計に余裕があるわけではないため、これらの費用を個人で負担することは非常に困難です。

また、法律的にどのような対応をとるべきか(相続放棄等)、適切な判断を下すためにも、専門的なご助言をいただければと考えております。

相続放棄という手続きがあると聞きましたが、その手続きを行うにあたり、必要な書類と、手続き上注意すべき点について教えてください。

 

はじめに:孤独死と多額の借金、ゴミ屋敷に直面した状況への理解と相続放棄の重要性

ご親族の孤独死、多額の借金、そしてゴミ屋敷の片づけという大変お辛い状況に直面されていることと存じます。

このような状況では、精神的にも肉体的にも大きな負担がかかることは想像に難くありません。特に、故人との関係が希薄で、片付けや借金の返済に経済的な余裕がないという現実は、多くの方が抱える深刻な問題です。

このような困難な状況を法的に解決するための有効な手段である「相続放棄」について、その手続き、必要書類、そして特に注意すべき点について、専門家の視点から詳細に解説します。相続放棄を適切に行うことで、故人の負債や遺品整理の義務から法的に解放され、ご自身の生活を守ることが可能となります。

 

相続放棄の基本:定義、目的、メリット・デメリット

相続放棄の定義と目的

相続放棄とは、被相続人(亡くなった方)の財産に対する相続権の一切を放棄することを指します。民法第939条に定められており、相続放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされます。この制度の主な目的は、被相続人が抱えていた住宅ローンやカードローンなどの借金といったマイナスの財産を相続しないことで、相続人自身の財産を守ることにあります。  

「単純承認」「限定承認」との違い

相続の選択肢には、相続放棄の他に「単純承認」と「限定承認」があります。

  • 単純承認:被相続人のプラスの財産(預貯金、不動産など)もマイナスの財産(借金など)もすべて引き継ぐことです。特別な手続きは不要であり、相続の開始を知ってから3ヶ月以内(熟慮期間)に何の手続きも行わないと、自動的に単純承認が成立します。  
  • 限定承認:被相続人のプラスの財産の範囲内で、マイナスの財産も引き継ぐ制度です。これは、負債が資産を上回る場合に、相続人が自己の財産を失うことなく債務を清算できるメリットがありますが、手続きが複雑であるため、別のブログでご説明させていただきます。
  • 相続放棄:プラス・マイナス問わず、被相続人の一切の財産を相続しない選択です。この選択をするためには、法的な手続きが必要であり、また期限が設けられています。  

 

メリット・デメリット

相続放棄には、以下のようなメリットとデメリットが存在します。

  • メリット
    • 被相続人の借金、未払い家賃、損害賠償などのマイナスの財産を一切引き継がなくて済むため、自身の財産が守られます。  
    • 遺産分割協議への参加など、他の相続人との複雑な関わりを持つ必要がなくなります。  
    • 特にゴミ屋敷のような状況では、その清掃、管理、修繕といった莫大な費用負担や精神的負担から法的に解放されます。  
  • デメリット
    • 被相続人の預貯金、不動産、有価証券などのプラスの財産も一切相続できなくなります。  
    • 一度家庭裁判所に相続放棄の申述が受理されると、原則としてその決定を取り消すことはできません。  

相続放棄を検討する上で、この「一度受理されると原則として取り消しができない」という点は非常に重要です。

これは、相続放棄が借金から逃れるための強力な法的手段である一方で、万が一故人の財産の中に隠れた価値のあるもの(例えば、高額な古書やコレクションなど)があったとしても、それを相続する権利を失うことを意味します。そのため、相続放棄の判断は、被相続人の財産状況を可能な限り正確に把握した上で行う必要があり、この不可逆性が慎重な判断を促します。  

 

熟慮期間の重要性と「知った時」の解釈

相続放棄には、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3ヶ月以内という熟慮期間が設けられています。この期間内に家庭裁判所へ申述書を提出しなければ、原則として単純承認をしたものとみなされ、相続放棄はできなくなります。  

この「知った時」の解釈は、単に被相続人の死亡を知った時だけでなく、「自己が法律上の相続人となった事実」を知った時も含まれます。

通常、親族関係が密であれば被相続人の死亡日が起算点となりますが、ご相談者のように故人との付き合いがほとんどなかった場合、死亡の事実を知るまでに時間がかかることがあります。  

さらに、被相続人が借金をしていたことを隠していたため、後から督促状が届いて初めて借金の存在を知ったような特別な事情がある場合は、「借金の存在を知った時から3ヶ月」が起算点となる例外が認められる可能性があります。

ご相談者のケースでは、兄の借金の総額が不明であるとされており、この「多額の借金」の具体的な内容や全容をいつ知ったかによって、熟慮期間の起算点が変わり得るため、この点が相続放棄の可否に大きく影響する可能性があります。そのため、ご自身の状況を詳細に確認することが不可欠です。